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三井物産京城支店から始まった駐韓米国大使館にまつわる近現代史(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2017.07.10 14:59
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ソウル江北(カンブク)中心街を歩くうちによく見かける外国公館はただレンガとセメントで建てられた単なる建物ではない。その国の外交の手段であり、国力の象徴だ。駐在国をどう思うのかを見せる尺度でもある。そのため、外国公館には例外なく曲折と理由が隠れている。新シリーズ「大使館は語る」では、外国公館にまつわる秘話を通じて興味深い近現代史を考えてみたい。

ソウル光化門(クァンファムン)の前にある世宗(セジョン)大路には要塞をほうふつさせる大きな建物が位置している。車が入るためには巨大な灰色の2重鉄門と2つの遮断機を順に通過しなければならない。車両爆弾テロ防止用だ。3メートルを越える高い壁の上には鉄条網が設置されている。建物の隅々には数多くの監視カメラが目を光らせている。「力の象徴」米国大使館だ。

 
建物に入るためには玄関検索台を通過して携帯電話を任せなければならない。入口にある警備室には短いヘアスタイルの米海兵隊兵士たちがかたい表情で座っている。ものものしい警備とは傍らに建物に入れば濃厚なアイボリー色の壁のためか、思ったより素朴で落ち着いている雰囲気だ。建物のてっぺん8階に位置した大使執務室も予想より小さかった。家具がぎっしりと詰まっているような感じだった。世宗大路188番地に位置した高さ8階に面積9871平方メートルの米大使館。今は数年前に立て直した中国(1万7199平方メートル)、ロシア(1万2012平方メートル)大使館にリードされたが、その影響力の面では依然として他の追従を許さない。

このように巨大な米大使館が90年初めに建物を空けるように求める世論に押されて移転することに決めた。その後、20年以上にわたって新しい場所を探してきたが、色々な理由でまだ移すところが見つかっていない。

理由は何だろうか。この土地に米大使館が入ったのは1948年。米政府は日帝時代の時、半島ホテルと三井物産京城支店に使っていた建物を大使館として使った。そうするうちに1968年に米国が韓国政府のために建てた8階の双子ビルの一つに移った。1961年に建てられた双子ビルは本来一本だけを建てようとしたが、予算が残ったため同じ建物がさらに建てられたという。そのため、現在米大使館の建物にはボイラー室がない。双子ビルである現在の歴史博物館のボイラー室で暖房を供給するように設計されたためだ。

現在米大使館として使われている建物は当初、援助機関である駐韓米国経済協力局(USOM)に提供された場所だった。それを米大使館が援助機能も遂行するという理由で68年この建物に移ってきた。だが、80年に公式的な米援助機構が撤収することで問題となった。米大使館がこれ以上、その場所を使う根拠がないにもかかわらずずっと使っていたため韓国政府に使用料を出す必要があるとの世論が噴き出したわけだ。


三井物産京城支店から始まった駐韓米国大使館にまつわる近現代史(2)

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    三井物産京城支店から始まった駐韓米国大使館にまつわる近現代史(1)

    2017.07.10 14:59
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    厳しい警備で要塞をほうふつさせるソウル世宗大路米国大使館。不法占拠問題で移転が決定されたが、考えていた敷地が相次ぎ遺跡地と判明して困難を強いられている。
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