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【中央時評】北朝鮮住民の苦痛に沈黙した法王(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.08.20 13:30
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ローマ法王フランシスコは特定宗教の指導者だ。彼はカトリックの積弊を改革し、司祭に貧しく疎外された人に近づくよう注文する。訪韓中は殉教者124人に福者の称号を与えた。陰城では長い時間、障害者と一緒に過ごした。法王の言動は信者に深い感動を残したはずだ。

法王の訪韓を、韓国は教界を越えて国家レベルで扱った。国家元首は3度も時間を割き、空港・青瓦台(チョンワデ、大統領府)・明洞聖堂で彼に会った。列福式という宗教行事は首都の真ん中の広い空間で開かれた。延べ数十万人の警察が法王の行事を守った。

 
法王の訪韓を韓国が国家レベルで扱うことができるのは、彼の言動が特定の宗教を越え、人類の普遍的な問題に寄与するからだ。そうでなければ、他の宗教や一般人が抵抗を感じるはずだ。ところが残念なことに、こうした期待は満たされなかった。

法王は「疎外され苦痛を受ける者」に対する関心と支援を力説した。なら、いま地球上で最もそのような状況にいる人たちは誰だろうか。北朝鮮の住民ではないのか。北朝鮮の住民は閉鎖された偶像崇拝の国で、自由も人権もなく、毎日の食事を心配しながら暮らしている。宗教でもあれば慰められるものの、そういうものは夢見ることもできない。逃避したり体制に抵抗すれば、過酷な収容所に行かなければならない。

北朝鮮の住民は21世紀の人類の中で最も哀れな集団だ。韓国人によりいっそう悲劇的なのは、彼らが同胞という事実だ。その韓国の地を踏んだが、法王はなぜ何も語らなかったのか。北朝鮮政権は恐れ、住民は励まされ、世界の人々は注目する、そのような「神の正義」をなぜ話さなかったのか。

法王は南北問題に対し、違うメッセージを出した。まず統一の希望を話した。世界に散ったイスラエルの人々がまた一つに集まったことに言及し、南北が兄弟であることを強調した。次に彼は南北の和解を話しながら、聖書に出てくる「77回の赦し」を引用した。兄弟の罪をどれほど赦すべきかという質問にイエスが答えた内容だ。

「77回の赦し」は韓国の多くの人々に誤った信号を送る可能性がある。北朝鮮に対する無条件の寛容が正しいように誤解されるかもしれないからだ。こうした容赦は個人の間でも難しいが、国家間ではさおさらだ。いや難しさより、正しくないことだ。国家と個人は領域が違う。


【中央時評】北朝鮮住民の苦痛に沈黙した法王(2)

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