【コラム】誤報は正すのが勇気だ=韓国(1)

【コラム】誤報は正すのが勇気だ=韓国(1)

2014年06月27日16時33分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  「朝鮮民族が怠けていると言ったのではありません。『衙前(一種の地方役人)が絞り取って仕事をする意欲を失ったのだ。怠けていると思っていたら沿海州に行ってみると他民族よりもさらに勤勉だった。問題は為政者だ』と言いました」。

  「それが講演内容に入っていると?」。

  「そうですね」。

  「ではなぜ最初からそのように説明しなかったのでしょうか?」。

  文昌克(ムン・チャングク)元首相候補の講演内容といえば、ほとんどが初めて聞いたという反応だった。講演を直接聞いて見た人はほとんどいなかった。報道機関の幹部や元言論人に会ってもそうだった。一般市民は言うまでもない。1時間以上を全て聴くのは面倒だっただろう。時間の浪費と思ったかも知れない。新聞ごと番組ごとに報道しているが、その内容だけを見ても真実を知るのに充分だと思っただろう。

  「日帝時代や6・25韓国戦争も神様の意と解釈するが、日帝の植民地がうまくいったとか良い時期だったとは言っていません。むしろ『試練と苦難』だと言いました。『しかし意気消沈する必要はない。私たちの民族に栄光を与えるための鍛練だっただけだ』と話したのです」。

  筆者も11日、KBS(韓国放送公社)の報道だけを見た時は、紛らわしかった。普段から私が知っている文昌克氏の考えとはとても違っていた。弁解するのも難しいと判断した。しかし講演の動画を全て聞いてみると「あ、これは違うのに…」と思った。本来の意とは全く違うように、いや正反対の意で騒然とさせたのではないか。

  ほかの新聞や放送はほとんどそのまま書き写した。SNSや番組に出てきた評論家は、最初から「親日」「反民族」というレッテルを張ってしまった。何日か過ぎると真実には関心さえなかった。非難世論がどの程度なのか、いつ退くのか、なぜ退かず持ちこたえているのかをめぐって諸説乱舞した。

  もう文昌克氏は辞退した。鄭ホン原(チョン・ホンウォン)首相が留任となった。この期に及んで再び文昌克の話をするのはうんざりするかもしれない。だが、必ずはっきりさせておかなければならない問題がある。どのようにして、公開された70分の講演をめぐってそれぞれ違う内容だと主張する社会になったのだろうか。ソウル大学のイ・インホ名誉教授は「魔女狩り」が「背筋の寒くなる思い」と言った。誤った報道が世論を導いても正すことのできない社会ならば健康ではない。浅はかな扇動が公論に代わって国家の大事業を思うままにするのはより一層危険だ。

  初めに報道したKBSは、誤りはないと抗弁している。しかし、いくら講演内容を取ってきても伝える意味が変わったとすれば、それは誤った報道だ。ある英国哲学者は本の中で「ジャーナリズムの質というのは、メディアが伝える内容が真実か否かで評価されるのではなく、真実を伝えなければならないという倫理によって支配されているかどうかで判断されなくてはいけない」と語った。「部分的な真実」や「観点と解釈の強調」「意図的な歪曲」も重要な誤報の事例として挙げていた。

【コラム】誤報は正すのが勇気だ=韓国(2)
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