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金正恩氏による張成沢処刑から5年…北朝鮮批判を高めた自滅手(1)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2018.12.12 14:35
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金正恩(キム・ジョンウン)執権7年間に起こった最も衝撃的な事件の一つに記録された「張成沢(チャン・ソンテク)処刑」が今日で5年を迎える。絶対権力を固めようと叔母の夫を殺害した「青年指導者」金正恩氏(当時29歳)の姿に平壌(ピョンヤン)権力内部の恐怖政治の絶頂を味わった。国際社会はその残酷性に驚いた。北朝鮮人権監視機構が北朝鮮体制の劣悪な人権状況に警戒心を持つ契機になった。張成沢氏の除去で権力の危害要素をなくしたという政治工学的評価とともに潜在的な不安要因を高めたという評価が交錯している。張成沢処刑5年の北朝鮮権力の流れと今後の金正恩体制の去就を診断してみたい。

「国家安全保衛部特別軍事裁判所は凶悪な政治的野心家、陰謀家であり万古逆賊である張成沢を死刑に処するよう判決した。判決は直ちに執行された」

 
北朝鮮官営朝鮮中央通信は2013年12月13日未明に長文の報道を放送した。前日に開かれた張成沢労働党行政部長に対する裁判進行関連の便りだった。張成沢氏には「現代版分派の頭目」というくびきをかけて「長期間にわたって不純勢力を糾合して分派を形成し、最高権力を簒奪する野望の下で国家転覆陰謀の犯罪を敢行した」という容疑が示された。追従分子の間で張成沢氏が「一番同志」と呼ばれた点も挙げられている。長い判決文は死刑宣告で締めくくられ、その最後の文章は宣告と同時に刑が電撃的に執行されたという背筋が凍るような内容が書かれていた。

張成沢氏とその配下勢力に対する除去は隠密かつ電光石火に行われた。11月中旬、最側近である李龍河(イ・ヨンハ)第1副部長と張秀吉(チャン・スギル)副部長ら労働党行政部の実力者が国家安全保衛部に連行されて公開処刑された。北朝鮮公安機構を掌握して勝手な振る舞いをしていた行政部の核心部が何が起きているか分からないままあっという間に没落した。ほぼ同時期の張成沢氏の動向も不明だった。韓国国家情報院は異常兆候を把握して国会情報委員会に報告した。北朝鮮はその後、状況を生中継するかのように外部に知らせた。12月8日平壌(ピョンヤン)で開かれた労働党政治局拡大会議では張成沢氏がすべての職務から解任され、除党・除名措置が取られた後、軍官に連行されていく場面がテレビ画面で公開された。党幹部と住民を対象に大々的な「張成沢処断」宣伝・扇動を継続した北朝鮮は、同月12日に処刑措置を断行した。

張成沢事態は体制内外に途方もない衝撃を与えた。何より金正日(キム・ジョンイル)総書記が末っ子であり後継者である金正恩氏(当時国防委第1委員長)の後見人に指名した人物が瞬く間に没落したからだ。曲折はあったが、金日成(キム・イルソン)執権時代から常勝疾走してきた権力の核心という点で波紋はより大きかった。誰もが金正恩時代の最高実力者として張成沢部長を挙げることを躊躇(ちゅうちょ)しなかったからだ。「叔母〔金敬姫(キム・ギョンヒ)〕の夫をあのように無惨に処刑するのに、我々のような存在は…」という考えに労働党と軍部・内閣の高位要人も震え上がった。金正恩氏の軍部家庭教師である李英鎬(イ・ヨンホ)元総参謀長粛清のような以前の状況とは水準が変わったという側面でだ。

韓国と国際社会はもっと驚いた。権力のためなら、血族はもちろん親戚も一気に除去してしまう士禍(李氏朝鮮時代の官僚粛清)のような出来事が21世紀の平壌権力の中心部で起きたという点でだ。幼少期の早期留学を通じて西側世界を経験した若い指導者に改革・開放を期待していた文明国家は言葉を失った。執権2年で起きた血なまぐさい残酷ドラマが信じられないほどだったためだ。北朝鮮の人権実態に対する緊急かつ強力な措置が必要だという世論が沸き起こった。張成沢処刑翌年2月、国連北朝鮮人権調査委員会(COI)が発表した報告書に金正恩氏と北朝鮮政権指導部の国際刑事裁判所(ICC)起訴を推進するという内容が含まれたのもこのような背景からだ。6月シンガポール米朝首脳会談や高官接触など和解の雰囲気にもかかわらず、米国は一昨日、崔竜海(チェ・ヨンヘ)党副委員長ら3人を人権蹂躪(じゅうりん)に関連した北朝鮮制裁対象に入れた。第70周年世界人権デーに実行された今回の北朝鮮制裁は、2016年金正恩氏を含めた制裁措置以降4回目だ。


金正恩氏による張成沢処刑から5年…北朝鮮批判を高めた自滅手(2)

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