日帝が韓国人徴用して掘った地下壕、日本に奪われるのか

日帝が韓国人徴用して掘った地下壕、日本に奪われるのか

2012年03月11日11時22分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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地下壕の通信室で当時の状況を説明する済州平和博物館のイ・ヨングン館長。
  「最後まで自尊心を守りたかったが、仕方ありません。しかし日本人の手に渡っても展示品の流出は防ぎます」。

  日帝時代に日本軍の地下壕を復元して作った済州(チェジュ)平和博物館のイ・ヨングン館長はこのところ夜も眠れない。日本軍の蛮行と平和の重要性を知らせるため銀行からの借入金を含め75億ウォンをかけて作った博物館が日本人の手に渡ることになったためだ。

  「2006年に日本の国家記録院と財力家が2度博物館を訪ねてきて、価格はいくらでも払うから引き渡せというので、気分が悪くて彼らの名刺を投げて断りました。ところが最近経営難が深刻化し売却しなければならない状況なのに、韓国では立ち上がる人がなく、日本企業と財力家が買収の意向を明らかにしてきました。コンサルティング会社を通じて日本の3~4カ所と現在詰めの交渉中です。所有権を渡したとしても私が館長を務め管理しなければならないという条件を付けたが、これが変数です」。

  イ館長は、日本人が博物館を取得すれば所蔵資料を日本に持っていったり、日帝時代と関連した自分たちの立場を示す展示空間として整備するとみている。そこで苦労して集めてきた資料の流出を防ぎ、博物館の枠組みを変えられないよう“月給取り”を自負したのだ。

  イ館長は父親の遺言により博物館を設立したという。

  「父はここに連れてこられて2年6カ月余りにわたり地下壕を作る仕事に動員されました。日光を見れば視力を失う状況になり一生家にだけいなければなりませんでした。そうするうちに『平和のための仕事をしなければならないのに…』という遺言を残しました」。

  これを契機にイ館長は平和の重要性を示すために博物館を開いた。彼は博物館に展示する物品を集めるため周辺に引っ越しをする家があれば訪ねて行き日帝時代と関連した資料ならば全部集めてきた。8年間にわたる“底引き網式”の収集活動を行った結果、朝鮮総督府が慰安婦募集方針を盛り込んだ「通知」の原本と旧日本空軍の操縦服などの貴重な資料を多数入手することができた。

  博物館が所有する日本軍のトンネルの長さは2キロメートルを超える。韓国で日帝が韓国人を徴用して建設したトンネルが保存されたところはここが唯一だという。一時は学生たちの修学旅行で必須のコースになり、解説士などスタッフ7人を置いたりもした。だが、現在ではスタッフはイ館長夫妻がすべてだ。2008年から来訪客が急激に減り収益構造が悪くなったためだ。

  最近は国、安保、平和のような重いテーマでは観覧客を呼び込むのが容易でないという。イ館長は、「国がなければまた再び洞窟の中に入って穴を掘らなければならない日がくるかも知れない」と話した。博物館の近くでは海軍基地建設反対デモが連日のように行われていた。

  
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