東日本大震災から1カ月…「中国の取引先を開拓」

東日本大震災から1カ月…「中国の取引先を開拓」

2011年04月12日10時22分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  JCハーモニーのヤン・ジェグン代表は、この1カ月間やきもきとしていた。東日本大震災のためだ。この会社は中国でセーターを作り日本・中国に輸出する。売り上げの80%は日本で上げる。毎週1回ずつ送っていたセーター輸出の道は地震後閉ざされた。2002年からこの会社と取り引きしてきた日本の衣類業者ハニーズは1カ月前に起きた地震で大きな損害を受けた。特に物流センターが福島第一原発から50キロメートル離れたところにあり被害が大きかった。

  ハニーズと連絡がついたのは地震が起きてから3日後の3月14日。ハニーズの物流センター担当者は、「従業員500人が避難所におりおにぎりを食べている。被害が大きくいつ復旧するかもわからない」と伝えた。ヤン代表は、「空が崩れ落ちるかと思った」と当時を述懐した。

  それから1カ月は息もつけぬ時間だった。上海にあるセーター工場と日本国内の他の地域の取引先を訪ね歩くのに飛行機だけで10回乗った。上海工場の状況は深刻だった。ヤン代表は、「倉庫には日本に送れないセーター数十万枚が積まれていた。気を落とした200人余りの工場従業員に、「注文は減るが、注文が切れたりはしないだろう。がんばろう」と励ますしかなかったと話した。

  借りた金も返さなければならなかった。社屋の一部を売り銀行からの融資7億ウォンを返済した。信用保証基金から貸りた2億5000万ウォンは満期を1年延長した。銀行でも送金手数料を割り引いてくれた。彼の本当の心配は近づく春だ。セーターのシーズンは秋・冬で、春から注文を受け夏には生産に入らなくてはならないが、日本からの発注が途切れた。ヤン代表は、「だまって座っていれば売り上げが50億ウォン程度減るところだった。とり急ぎ中国の取引先を開拓しなければならなかった」と話した。そこで時間ができ次第中国に進出した韓国の衣類業者の担当者らに会った。彼は、「飛行機から降りるとすぐに工場と取引先を訪ね歩くため車に乗って1日5~6時間ずつ走った。ここで仕事を取れなければ終わりという考えだった」と伝えた。

  地震が起きた地域以外の日本の取引先も開拓した。知人を通じ名古屋・大阪の取引業者に会い10億ウォン分の仕事を受注した。25日からはハニーズの物流センターが稼動を再開した。たまった在庫も徐々にはけ始めた。ヤン代表は、「最初は果てしないと思ったが、日本と中国を行き来し昼夜わかたず走ってみたら少しずつ道が見えてきた」と話した。

  ヤン代表はこうした渦中でも日本に救護品を送った。カップめん・毛布・ようかん・即席ごはん…。救護品ボックスには手紙も共に入れた。「苦しいけどがんばれ。私たちの長い友人のあなたたちを応援する」という内容だった。10日に韓国に戻ったヤン代表はハニーズの会長から返事を受け取った。「苦しい時に助けてくれてありがとう。この恩を忘れない」という内容だった。ヤン代表は、「今回の地震は私たちをさらにしっかりとつないでくれた」とし、JCハーモニーという会社名の解説をした。「J(Japan)とC(Corea)がハーモニーを成す」という意味だ。

  

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