昭和天皇、A級戦犯合祀後に参拝中断を決心

昭和天皇、A級戦犯合祀後に参拝中断を決心

2006年07月20日18時06分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  日本の昭和天皇は、第2次世界大戦のA級戦犯が靖国神社に合祀されたことに不快感を示し、合祀をきっかけに参拝中断を決心したことが明らかになった。

  これは88年、当時の富田朝彦宮内庁長官(故人)が昭和天皇の発言を記録したメモから確認された。 昭和天皇の靖国参拝中断の理由が文書で明らかになったのは初めて。

  これを受け、小泉純一郎首相をはじめ、戦没者追慕を前面に出しながら参拝を正当化している日本政治家らの靖国参拝に大きな影響を与える見通しだと、日本のメディアが20日、一斉に報じた。

  第2次世界大戦を遂行した天皇が自らA級戦犯の合祀に反対し、合祀によって参拝を中断したという事実が確認されただけに、小泉首相の参拝が名分が弱まったからだ。 またA級戦犯分祀論にも追い風となる見通しだ。

   ◇参拝中止、「それが私の心だ」=富田元長官は昭和天皇との対話を日記と手帳に詳細に記録していた。 富田元長官は宮内庁次長当時を含めて75-86年の日記1冊、86-97年分の手帳20冊余を残した。

   日本経済新聞が入手して20日報じた富田元長官の88年4月28日分のメモによると、昭和天皇はA級戦犯合祀に強い不快感を示し、「だから私はあれ以来参拝していない。それが私の心だ」と述べた。

   昭和天皇は戦後、靖国を8度参拝したが、A級戦犯が合祀(78年10月)されてからは1度も参拝しなかった。 昭和天皇の息子である今の明仁天皇も89年の即位以来、一度も参拝していない。

   その間、昭和天皇の参拝中断理由には、A級戦犯の合祀、三木武夫元首相の参拝が公人資格か私人資格かをめぐり政治問題化したため、という2つの分析が提起されてきたが、どちらも確証はなかった。

   同じ日のメモには昭和天皇が自身の誕生日(4月29日)を控えて行った記者会見で、戦争に対する感慨について質問を受けて「最も嫌な記憶」と話した背景についても書かれている。 このメモでは、昭和天皇が「戦争に対する感傷を質問されて悪い気分を表現したかった」と話したとなっている。

   ◇日本政界を強打=20日朝刊に報道された昭和天皇のメモは日本の政界に大きな波紋を呼んだ。 日本のメディアは「靖国参拝問題が北朝鮮ミサイルなど安保問題に比べても、9月20日の自民党総裁選の最大争点として浮上することが予想される」と報じた。 来月15日の終戦記念日に小泉首相が靖国を参拝するかどうかに関心が集中している。

   安倍晋三官房長官はこの日の記者会見で「宮内庁からは『個人のメモに基づくもので、詳細を承知していない』と報告を受けている」とし、小泉首相の参拝については「首相自身が判断するものだ」と答えた。

   一方、日本のメディアは「今回のメモ公開をきっかけにA級戦分祀論を強く主張している福田康夫元官房長官が安倍官房長官に挑戦状を投じる可能性が高まった」と分析した。

  

  
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