<フィギュア>キム・ヨナVS浅田真央、ライバル時代を覚える(2)

<フィギュア>キム・ヨナVS浅田真央、ライバル時代を覚える(2)

2017年04月13日13時42分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]
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  一方、浅田は恐ろしく追い上げてきたキム・ヨに勝つために、トリプルアクセルにこだわった。ジャンプの高さが低く、滞空時間が短くて成功率は落ちた。それでも意地を曲げなかった。結局、浅田はキム・ヨナに逆転された。2007~08年シーズンまで4勝3敗で浅田が少しリードしていた。だが、その後、9回にわたる正面対決でキム・ヨナが7勝2敗、絶対優位になった。浅田はキム・ヨナを意識し、競技後、涙を流すことが頻繁になった。キム・ヨナはあまり涙を見せなかった。浅田とライバル関係を尋ねた質問には「浅田に勝つためにフィギュアをしているわけではない」と一線を画した。

  キム・ヨナと浅田とのライバル戦のハイライトは2010年バンクーバー冬季オリンピック(五輪)だった。ショートプログラムで浅田はきれいな演技で大きな拍手を受けた。その熱気が冷める前に登場したキム・ヨナが完ぺきな演技で78.50点を受けた。浅田より4.72点が多い世界新記録だった。小さくない点数の差に浅田は動揺した。

  2日後、フリースケーティングではキム・ヨナが先に出て150.06点を受けた。合計228.56点。結局、金メダルになったこの点数は世界新記録だった。その後に出てきた浅田はジャンプで何回もミスをした。結局、競技が終わった後、浅田はお手洗いに駆け付けて泣いた。浅田は銀メダルを取った。

  その後、キム・ヨナは自身だけに集中した。2011年世界選手権を終えて1年以上休養した。そして、2012年7月「2014ソチ冬季五輪を終えて引退する」と、氷板への復帰を宣言した。キム・ヨナはソチで銀メダルを獲得した後、惜しげもなくスケートを脱いだ。

  浅田は引退時点を悩んでいた。五輪の金メダルに対する心残りがあり、自身の後援収益を配分している日本氷上競技連盟の立場も考慮しなければならなかった。その間、浅田は下り坂を迎えた。昨年12月、日本選手権では女子シングルの出場選手24人のうち12位にとどまった。2018平昌(ピョンチャン)冬季五輪の出場も不透明だった。結局、10日、引退を宣言した。

  キム・ヨナは2014年、引退したごろ「真央とは子どもの時から10年以上競争してきた。今後も私たち2人のように比較される選手はいないだろう。似ているところが多かったので、その心境が理解できる」と話した。浅田も12日、引退記者会見で「キム・ヨナと私は、お互いに良い刺激を与えたり、もらったりしていた存在だった。共に成長することができるように励ました」と話した。10年にわたった2人のライバル関係はそのように思い出に残った。

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