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サムスン・ソニーの運命を分けたのは13ページのこの報告書だった(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2012.11.29 10:49
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--なぜ報告書を作成しようと思ったのか。

「製造業でデザインは企画や設計と関係が深い。企業は革新を創造し、ライバル企業に勝つ商品開発プロジェクトを遂行するところだ。経営陣とデザイン部署がお互い知らないのは問題があると考えた。当時、サムスン内部には業務の非効率、情報共有の不足、他部署に対する理解不足、明確でない役割分担などの問題があった」

 
--報告書の核心は。

「2つある。一つはデザインに関するプロセス改善と思考方式の革新で、もう一つは会社全体の改善と提案だった」

--サムスン新経営にどれほど反映されたか。

「サムスンが一流になるためにはデザインが一流になるべきだという認識が広まった。90年代以降、サムスンの経営陣とデザイナーは革新への努力と意志を見せた」

--サムスンの成長をどう見るか。

「1990年代初めから10年間の改革が、現在の飛躍の基盤になった。多くの改革戦略が驚くことにほとんど成功した。この10年間に対しては最高の評価をしたい」

--日本電子企業が厳しい状況だ。

「80年代の成功体験を忘れて、新しい改革を推進するべきだったが、それができなかった。1億人以上の国内市場があったため、海外市場開拓の渇望が生じなかった。デザインの経営資源化にも失敗した」

--サムスンに望むことは。

「一流企業になったが、本当の勝負はこれからだ。市場の変化に対応できる能動的な変化、強力な独創性で、他社の追随を許さない体質を整えることを望む」

◇福田民郎

-1948年生まれ

-1973年京都工芸繊維大学デザイン工芸科卒業

-1975年京都工芸繊維大学工芸学修士修了

-1975-83年日本電気デザインセンターデザイン部

-1983-89年京セラ研究所デザイン室

-1989-99年サムスン電子顧問

-1999-現在まで京都工芸繊維大学院教授

-1997第8回国際デザイン公募展グランプリ


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