【コラム】平昌五輪「名場面」の李相花-小平の抱擁(1)

【コラム】平昌五輪「名場面」の李相花-小平の抱擁(1)

2018年02月26日07時19分
[ⓒ 中央SUNDAY/中央日報日本語版]
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  世界の人々のスポーツの祭典、平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック(五輪)が成功裏に終わった。3月に始まるパラリンピックも多くの感動がある中で、安全に、そして成功裏に開催されるよう祈りながらこのコラムを書いている。平昌の祭典に参加した韓国をはじめとする世界各国の選手たち、ボランティアメンバー、大会組織委関係者、そしてすべての大韓民国国民と共にこのオリンピックが与えてくれた感動を共有したい。

  今回の平昌五輪がわれわれ韓国社会に投げかけたことは何だろうか。私は2つのことを挙げたい。一つ目は「民族談論」(民族談話と論理)の退化現象だ。韓国と北朝鮮が一つであることを見せた開会式の合同入場のような行事がいわゆる「平和オリンピック」を宣言する効果はあったが、韓国の市民社会から過去のような熱を帯びた呼応を受けられず残念に思った。これは1991年に日本千葉県で行われた世界卓球選手権大会で南北が初めて合同チームを構成して団体戦で感激の優勝を実現して以来、何度かあった類似の南北共同スポーツ行事が民族意識を高めたことはあったが、結果的に一過性の儀式に終わってしまった様子を見てきたためではないかと思う。

  二つ目は韓国社会の「公正性」を望む市民社会の熱望だ。1月に女子アイスホッケー種目で南北合同チームを構成するという方針が発表された時、20・30世代に表現される若者たちの広範囲にわたる拒否感の表出は新しい現象だったと言える。北朝鮮を包容して南北が和合するためだという名分は充分だったにも関わらず、若者たちは韓国代表チームが一定の譲歩をしなければならず、北朝鮮チームには参加の特権が与えられたことを公正ではないと判断した。このような公正性の意識は、大韓体育会指導者が競技場の貴賓席を独占している時や、某国会議員が尹誠彬(ユン・ソンビン)選手のスケルトン金メダルの受賞を祝おうと制限区域に特別に入場をした時にも激しい非難で表れていた。

  オリンピックでは競技のルールに則った公正な競争(フェアプレイ)が何よりも重視される。ルールに反する場合は勝ったように見えても、客観的で厳正な審判判定を通じて失格になる。今回のオリンピックで、私にとって最も印象深かった場面は李相花(イ・サンファ)選手のスピードスケート女子500メートルの決勝だった。度重なる負傷や陰口など多くの悪条件を克服して練習に励み、この種目五輪3連覇に挑戦、銀メダルを確定させた後に大泣きしていた李選手の姿は感動以上の人間的な響きを届けてくれた。最大のライバルで金メダルを取った日本の小平奈緒選手と一緒にそれぞれの国旗を手に観衆に一人ひとり挨拶をしていた場面は、公正な競争を越えるスポーツマンシップを見せてくれたと同時に、特に韓日両国の国民に忘れられない場面として刻印されたのではないかと思う。(中央SUNDAY第572号)

【コラム】平昌五輪「名場面」の李相花-小平の抱擁(2)

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