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【コラム】国立顕忠院で見たソウルの特別な桜

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2016.04.07 14:35
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ソウルに春が訪れると、多くの人々が桜の花を見ようと汝矣島(ヨイド)国会議事堂の周辺に集まる。花が美しいほど花見に行く道は混雑するものだ。「桜の木ごとに写真を撮ろうとする人たちの列ができる」という冗談もある。

ソウルで最も美しい桜の花を見ることができる場所に自信を持って推薦できるところは銅雀洞(トンジャクドン)の国立ソウル顕忠院だ。ここに行けば花見とともに厳粛で神聖な雰囲気も感じることができる。重要な意味を持つ場所であるため、一本の木、一輪の花からも深い印象を受ける。

 
ここを知ったのは初めてソウルに来てから間もない2010年6月6日、夏が始まる頃だった。友達の一人に韓国の顕忠日(戦没者追悼記念日)は休日だからそこに一緒に行ってみようと誘われた。彼の提案に非常に感動した。米国にいる時、顕忠日をただの休日の一つと考えていた自分がやや恥ずかしくなった。

銅雀洞では感動と驚きを同時に感じた。そこに行く前は米国の墓地のように憂鬱な空間だと想像していた。もちろん国立ソウル顕忠院も戦死者を追悼する墓地だが、同時に生命と美しさで満たされている空間でもあった。並ぶ碑石の周辺を美しい丘と木、池が囲んでいるのが印象的だった。

顕忠日だったため多くの人が家族・親戚、愛する人の墓を訪れていたが、予想外に明るい雰囲気だった。敷物を敷いて弁当を食べる家族もいたし、プルコギと雑菜(チャプチェ)に焼酎を飲む家族も少なくなかった。こうした光景は私には、生きている人と亡くなった人が集まり生前に好んだものを一緒に口にしながら過去の思い出を分け合っているように感じられた。生死を越えて同じ場所に集まった人たちは美しい夏の日も一緒に楽しむようだった。

顕忠院は墓地であり公園であり聖堂と寺院のように感じられた。こういうものをすべて一つの場所で感じることができ、忘れることのできない空間だった。それ以降、私は季節が変わるたびに顕忠院を訪れている。特に春になれば桜の花が格別の美しさと意味を加味する。咲いた花は新しい生命であるため美しく、雪のように碑石の間に散る花はなおさら美しく見える。散る花びらの一つひとつにその日そこを訪れた人たちの思い出が交わる。銅雀洞の桜の花には生と死、そして美しさが絡んでいるということを、私たちに感じさせてくれる。

マーク・ テットJTBC『私の友達の家はどこ』出演者

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