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張成沢没落から1年…金正恩体制を固めようとしたが、外交がこじれる(2)

ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2014.11.11 17:02
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今では北朝鮮で「張成沢」という3文字は最高のタブーとなった。金正恩第1書記も痕跡を消すのに力を注いでいる。張成沢の金脈だった大同江(テドンガン)タイル工場の名前を最近、千里馬工場に変えたのが代表的な例だ。金正日(キム・ジョンイル)タイル壁画を設置するよう指示したが、張成沢が工場の片隅に設置させたという内容の判決文に登場する施設であるため、改名までしたのだ。

張成沢処刑事態は忘れられていくが、余震は続いている。何よりも北朝鮮の権力内部を震え上がらせた。叔母の夫も容赦なく刑場に送る雰囲気で、自分の意見を提示したり改革・開放を主張する幹部はいない。ただ金正恩を「最高尊厳」として持ち上げ、絶対忠誠だけを強調する強硬路線だけが生きる道ということだ。先月初め、黄炳瑞総政治局長の訪南で瞬間的に輝いた南北関係が対北朝鮮ビラなどを口実に破局を迎えたのも、平壌の権力内部のこうした雰囲気と無関係ではないという分析だ。

 
張成沢除去で彼を後見していた中国指導部を困惑させたのも敗着のようだ。中国に向けて「石炭など国の資源を安く売り渡した」という部分は事実と距離があるとみられる。処刑後にも北朝鮮は依然として中国に石炭を売り、外貨を稼いでいる。国際社会が北朝鮮の人権問題に関心を向けさせた側面もある。国連北朝鮮人権調査委(COI)が金正恩第1書記を国際刑事裁判所(ICC)に提訴する案を推進することになったのも結局、張成沢処刑のブーメランという指摘だ。

金正恩第1書記は先代の首領の父ができなかったいくつかのことを敢行した。金正日(キム・ジョンイル)総書記は妹・金敬姫に対する格別の愛情のため張成沢に手をつけることができなかった。金正恩は処刑という極端な決定を下した。対南カードとして触れながらも最後まで決定できなかった開城(ケソン)工業団地の閉鎖もそうだ。今後、対南接近や対外政策でどんな措置が出てくるか懸念される。

過去1年を振り返ってみると、張成沢処刑は結局、権力基盤を固めようという極端なカードと解釈される。金正恩第1書記は今年の新年の辞で「分派汚物」を除去したと主張した。反対勢力を取り除き、権力の座がよりいっそう安定したということだが、平壌とソウルだけでなく国際社会に衝撃を与えた張成沢処刑が本当に権力安着の近道なのか、まだ判断するのは早いとみられる。もう一つの権力ドラマを予告したものではないのか見守る必要がある。


張成沢没落から1年…金正恩体制を固めようとしたが、外交がこじれる(1)

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