【時視各角】“精神的苦痛が蔓延した国”韓国、それでも人生の苦痛を抱え込まなければ(2)
ⓒ 中央日報/中央日報日本語版2012.11.09 10:51
議政府(ウジョンブ)教区喪葬礼学校長だった司祭チリロは生前にも胸の片隅に重くのしかかっていた一番下の弟です。臆病で世間知らずに見えて心配していた彼が、どうしてこのように重病の前で無心かつ泰然としていたのか理解できません。彼は痛みを訴えたり助けを求めたりすることもなく、その恐ろしい病気にさえも順応し、生命を全うする瞬間まで自分の日常を握り締めて愚直に生きました。あたかも「日常生活の守護」が自分の任務であるように。
弟の葬儀を終えて戻った日常には「人生に対する軽さ」があふれていました。修学能力試験を前にしてまた受験生がマンションから飛び降り、練炭で自殺を図った男性がつけた火でマンションの住民が避難する騒ぎがありました。テレビをつけると、多くの芸能人が「一時は自殺を考えた」という言葉をトークショーのように簡単に口にする姿を何度も目にしました。なぜこのように死が軽いのか…。こういう姿にむしろ非現実的な世の中を見ている気がしました。