1993年、72歳のパメラ・ハリマンがフランス駐在米国大使となった。一部のメディアは「クリントンが狡猾な娼婦に恩を返した」と皮肉った。イギリス・チャーチル首相の嫁だった彼女は、20代初めから派手な男性遍歴を繰り広げた。71年、3人目の夫に選んだのは大金持ちであると同時に民主党実勢であるアヴェレル・ハリマン(1892~1986)。ワシントンの政客たちは高級コールガール扱いだった彼女の招きを首を長くして待った。ファミーラは思慮深い細かさで名士たちの間の足となった。巨額の基金を集めてクリントン政府発足の一等功臣にもなった。97年、彼女が亡くなると米政府はヨーロッパ政界とのホットラインが消えたことをいつまでも残念がった。